「明日葉・あれ・これ」

高橋光安様(74才)

①【私とアシタバの出会い】
昭和四十九年十二月、私は、三宅島の中学校へ教頭として赴任しました。島内は冬だというのにツワブキが満開。歓迎の宴会で出た取れたての魚の刺身に添えられたツマは、内地の大根と違い、ツヤツヤした緑の若葉の新鮮な「アシタバ」だったことが強く印象に残っています。これが私のアシタバとの出会いでした。

②【アシタバの呼び名のいろいろ】
宴がすすみ、刺身のツマ、天ぷら、ごまあえといろいろ姿を変えて出てくるアシタバに興味をもった私の質問に、島民であるPTAの役員さんが答えました。「この草は、今日摘んでも明日は又、新しい芽が出てくるのでアシタバ(明日葉)というのです。しかし、精がつくので島の人はチンタチグサ(珍立草)ともいうんです。」と笑わせた。
ところが後日、都内に戻ってから、昔大島高校の校長だった方から「大島では、精のつく草で今日食べると明日は棒のようになるからアシタボーと言っていたよ」と教えられました。バイアグラのない時代、半信半疑で期待をこめたジョークだったのでしょう。今でもアシタバをいれたソバ、餅、クッキー、饅頭などが健康食品ブームに乗って土産物に登場しています。

③【アシタバを杉並にひろめる】
私は、昭和五十一年に教頭として杉並区のA中に転任を命じられたので、アシタバのタネを持って赴任。広い校庭のあちらこちらにばら撒きました。アシタバはやや半日陰の場所の方が柔らかく、長茎に育つので学校の周囲はぴったりです。真夏はだめで春と秋が収穫期です。懇親会で、新鮮なアシタバの新芽にマヨネーズをつけて食べるのが好評でした。万葉人が春の若葉で生き返った様な気持ちと同じでしょう。インテリのお母様方も結構チンタチグサと云っても寛大でした。おかげでPTA会員や区内の小中学校に随分と広め、杉並の植物分布を変えてしまうのではないかとからかわれ、アシタバ教頭と異名をとりました。そんな中で、(株)アクアグリーン・辰巳さんの友人で私の友人でもある束田氏から、辰巳さんがアシタバを栽培したいと言っていると聞き、アシタバ教信者を増やすことに役立てば・・・と苗を持参して青山にアシタバ畑を作りました。



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